マイクロ波は通信などで用いられてきたが、これを加熱に使用するという着想は、まったくの偶然から生まれた(→セレンディピティ)。
発明者はアメリカ合衆国のレイセオン社 (Raytheon) で働いていたレーダー設備設置技師パーシー・スペンサー (Percy Spencer) で、ポケットの中の食べかけのピーナッツ・クラスター・バーが溶けていたことから調理に使用可能であることが判明したとされる。
最初に電子レンジで調理した食物は、慎重に選ばれた結果、ポップコーンであった。2番目は鶏卵だったが、これは爆発により失敗した。
レイセオン社はマイクロ波による調理について1946年に特許をとり、1947年に最初の製品を発売した。高さ180cm、重量340kg。消費電力は3000Wだった。この製品は大変に売れ行きがよく、他社も相次いで参入した。
日本での商品化は、1962年にシャープが業務用に出したものが第一号といわれ、1964年開通の東海道新幹線のビュッフェ車にも備え付けられた。[1]
一般家庭向けに発売されたのは、1965年が最初といわれている
もっとも当初は消費者からすんなりと受け入れられたわけではなかった。冷めた料理を温めたり、冷凍食品を解凍させる程度の役にしか立たない調理器に、なぜ高い金を出して購入する必要があるのか、まったく理解されなかったからである。
そのためメーカーは、電子レンジがあたかも「焼く」「煮る」「蒸す」「揚げる」「炒める」「茹でる」「漬ける」等ありとあらゆる機能をこなす万能調理器であるかのように宣伝して売ろうとした。
河川のお話
大阪情報
欧米の美術
ことわざ集
茨城の情報
せの付く言葉
惑星のお話
香り・情報
コインの秘密
知って・マナー
泌尿器科
棚田
弓道
四国
水族館
フラメンコ
昆虫
医用生体工学
上場
バイアスロン
これに対して『暮しの手帖』は1975年?1976年に特集を組み、「電子レンジ―この奇妙にして愚劣なる商品」と題した記事を掲載、「メーカーはなにを売ってもよいのか」と酷評した。当時『暮しの手帖』の商品テストは消費者から高い信頼を得ていたため、「電子レンジは万能調理器ではない」という認識は消費者にも印象付けられた。『暮しの手帖』は同じ号で、蒸し器を使って冷めた料理をおいしく温めるコツについての記事を掲載した。
しかし多少味が落ちようが、ボタン一つの手間で料理を温めることができる便利さは、多くの家庭にとって抗いがたい魅力に映った。高度経済成長で暮らしが豊かになる半面、個食に代表される家族が揃って食事する一家団欒の風景が過去のものとなっていく過程で、簡単に料理を温められる手段へのニーズが着実に増大していったためである。その後、その「冷めた料理を温める程度の役にしか立たない調理器」は徐々に普及していくことになる。
冷凍食品の普及と品質向上、冷凍食品を保存できる冷凍庫つきの冷蔵庫の普及が重なったことも幸いした。そしてさらには電子レンジで調理することを前提とした半調理済み食品までが販売されるようになったのである。